私たちの出会いを語れば、その登場の仕方に「まるでおとぎ話の王子様のようね」なんて感想をもらったりする。それならば、その相手役である私はお姫様に違いないわけだけれども、どういうわけか誰もそれには言及しないので、「登場シーンだけね」と返すことにしている。
実際、王子と姫なんて関係値を望んだことはない。私たちの生きる今は、おとぎ話の世界ではない。荒れ狂う波を乗りこなし、切り拓き、突き進む。死と隣り合わせの、大海賊時代の海なのだ。互いの首には懸賞金が掛けられた、いわば『お尋ね者』の私たち。仮にこの世界が物語であるならば、役どころは主人公の敵に当たる悪党に違いない。それを望むわけではないけれど、最終的な立ち位置はそういうところに収まるのが、この世界の条理だ。
そんな話を一通りすると、冷めているだの夢がないだのと、外野はため息を漏らすけれど。
私たちの夢がそんなところにはないだけで、海の果てにある大きすぎる夢を掲げて、最高速度で進んでいる真っ最中。現実を見なければ、夢をつかむための道筋なんて、見えてくるわけがない。何度も壁にぶつかって、そのたび強大な敵にどうにかこうにか打ち勝ってきた。越えた死線は数え切れない。その一つひとつを積み重ねて、ここまで、やってきた。
おとぎ話のお姫様のように、お城の中で優雅に生活してみるのは、冒険の日々が終わってからでも遅くない。今はただ真っ直ぐに、仲間と共に夢を追っていたい。
「いいわね、海賊っぽい」
ドレスショップの店主の女性がにこりと笑い、私の髪に仕上げの飾りをつける。海賊御用達と謳うだけあって、肝の座った反応だ。
「住む場所が違ったら、あなた、本当にお姫様だったかもね」
「やめてよ。そんなの、つまんないわ」
「こんなに似合うのに」
「たまに着るからいいのよ。こういうのは」
今夜の島はパーティーに華やいでいる。単純に楽しむクルー(主に船長)もいる中で、私はあいつと情報収集。動きやすい服の方が好みではあるけれど、場に馴染みながら広く情報を聞き出すには、ドレスアップした方が良いという結論に至った。
「彼の方もそろそろ、準備ができるんじゃないかしら」
隣の部屋で店員となにやら揉めていた男も、支度が整ったようだった。
「あら素敵! やっぱりこの方が良かったわよ、ねえ!」
舞い上がって同意を求める店主をよそに、苦虫を噛み潰したような顔で近寄ってきたゾロは、仕立ての良いスーツに身を包んでいる。
「刀を置いてけとさ。三本は物騒なんだと」
「あんた一本だって強いじゃない」
「腰がスースーすんだよ」
「たかだか数時間の話よ。私たちのするべきことは何?」
「……情報を集めること」
「でしょ? 目的を達成するために手段は選んでられないわよ」
「そりゃお前はいいよ。着飾って俺に守られときゃいい。俺はこの動きにくい格好の上に刀二本も取られて、お前にケガでもさせてみろ。いろんなとこから俺に災いが降りかかってくる未来しか見えねえ」
私たちの口論を眺めながら、店主はふふっ、と笑い声を上げる。
「あなたたち、やっぱり王子様とお姫様じゃない」
突拍子もない発言に、思わずゾロと顔を見合わせる。
「あ?」
「どこをどう切り取ったらそう解釈できるのよ」
まあまあ、と背中を押されて店の入り口に立たされる。ガラスに映った私たちは、結局、ただ着飾った海賊のままだけれど。
「側から見た方が分かることもあるものよ。さ、パーティーはもう始まるわ。いってらっしゃい。お二人とも、楽しんで」
弾んだ声に押し出されるように、店を後にした私たち。
「……とりあえず、行くか」
「そうね」
石畳の通りを歩きながら、賑やかな方へと向かう。音楽と人々の声が、近くなってくる。
「酒は飲んでいいんだろ?」
「ほどほどにね。護衛は完璧に、よろしく」
「お前こそ、手の届かねえところで話し込むなよ」
「分かってるっ、あっ!」
石畳の凹凸にヒールの足が取られて、前のめりに倒れ掛けたその時。
少し後ろを歩いていたゾロが咄嗟に腕を引いて、バランスを崩した私を軽々と抱きかかえた。
「あ……ありがと」
「気をつけろよ」
至近距離で見るゾロの顔が整っていることとか、少し遅れて漂った嗅ぎ慣れない小洒落た香りとか、腰を抱く腕の安定感とか、耳元で囁いた低い声とか。
出会った時と同じくらい、心臓がうるさくなってどうしようもない。ちょっとした、こういう行動を躊躇いなくできてしまうのがこの男のファンタジーなところだと思う。そんなファンタジーにまんまと踊らされて、鼓動を早めてしまう私も私だ。しっかりと火照った頬を闇に溶かした通りの暗さに感謝しつつ、体勢を立て直す。
「ちょっと、腕貸して」
ぴくりと片方の眉を上げて私を見た後、意を得たというように軽く腕を曲げて「ん」、と私の方に寄せる。遠慮なくそこに腕を絡めると、足元を確認してからゆっくりと歩き出す。
「最初からこうしてなさいよ、王子さま」
「姫のご要望とあらば、いつでも」
軽口を叩きながら進む通りは、徐々に明かりに照らされていく。パーティーが、始まる。
おとぎ話のワンシーン

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