浮かれたパンツ

ゾロナミ

「今日はお酒いいの?」
 暗い夜の中、誘われたみかん畑でお酒も持たずに何をすべきか、私には分からなかった。出血が多くて今日はお酒を控えることにしたけれど、ゾロが飲むならそばで話し相手になるくらいには、と思っていた。
「一人じゃうまくねぇ」
「そ」
 その気持ちはわかるから、特段反論する気にもならなかった。
「……痛みは?」
「ん、平気。見た目ほど大した怪我じゃないわよ」
 頬と胸元に切り傷。両膝と右肘に擦り傷。血がダラダラ出て見た目のインパクトはすごかったけれど、言うほど大怪我じゃない。
「触ってもいいか?」
 ゾロの瞳が私の頬を捉えている。
「ゴシゴシしないでね」
 冗談のつもりで言ったけれど、触れた指先の動きはびっくりするほど繊細で、まるでガラス細工にでもなったような気分だった。
「痛くねぇ?」
「平気よ」
「……痕残んねぇといいな」
 頰を這う指からその後悔や罪悪感の粒が毛穴を伝って入り込むようで、傷の痛みとは違う、心の痛みを感じた。
「んーまぁねぇ、ツルツルの肌に越したことはないけど。でもさ、見えないところは結構傷だらけなのよねー。長年悪いことしてるとね、傷なんてほくろみたいに増えていくもんよ」
 ゾロを庇うためではなく、これは本心だった。傷付くことには慣れていたし、あんなふうに押さえつけられて組み敷かれて、危ない目に遭うことなんて、これまでの私の泥棒人生を顧みればそう珍しいことでもない。ただそれを目の当たりにした他人が今までいなかったから、その人がどう感じるか、というところまでは想像が及ばなかった。
「でもあれは防げた」
「付いちゃったもんは仕方ない」
「お前にこんなん、付けたくなかった」
 そうか。私が傷付くことは、この船のクルーたちに、ゾロに、責任を負わせることになるのだ。
「ゾロのせいじゃない」
「嫌なんだよ。お前が傷付くの、俺が見たくねぇ」
「んなこと言っても、私海賊なんだけど。これからも怪我はするし傷も増えるわよ」
「守らせてくんねぇの?」
「……守られてるよ、私は」
 充分すぎるほど。
 言葉で表せないくらい、私は守られている。一人で泥棒をしながら、大嫌いな海賊たちの下についていたあの頃に比べたら。私はクルーの一人ひとりに大切にされ、守られている。
 そういえば、この人が最初に私を守った時に言った言葉は「女一人に何人がかりだ」だった。女は守るべき存在と、きっとそういう価値観で生きてきたのだろう。
 そんなことを思い出していたら、ふわりと後ろから腕が回って、ぎゅっと、身体を包まれた。抱きしめられていると分かったのは、背中に伝わる高い体温と、少しだけ早い心音のせい。
「今日なんかヘンよ、ゾロ」
 ヘンよ、なんて、どの口が。
 こうされているのが嬉しいだとか、もっと近づきたいだとか。そんなことを思う時点で、私の方こそ変だった。
「俺もそう思う」
 首筋にかかる吐息が熱い。慣れない距離が違和感にならないのは、どうして。
「でも本心」
 この腕の温かさの意味を、都合よく解釈しても良いのなら。
「もう少しこのまま、いさせて」
 どくん、と大きく心臓が鳴ったのは、低く優しく紡がれたその言葉が、私の中に浮かんだ言葉と一言一句同じだったから。とくん、とくん、と鳴り続ける鼓動はいつしか、二人分を一つに結んで、同じリズムで響いていた。

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