浮かれたパンツ

ゾロナミ

 ゾロのパンツが浮かれている。
 いや、決してパンツそのものが浮かれている、というわけではないけれど。これまでヤツが履いていたクソダサい藻色のパンツだとか、洗いに洗ってしらっちゃけた黒だかグレーだかのパンツとか、ヨレヨレのゴムの伸びきったくたびれパンツとか、そういうのとはちょっと違う、小洒落たパンツを履くようになったのだ。
 トレーニングの後にシャツを脱いだ時、腰にチラつくパンツのゴムがやたらと目につく蛍光色のピンクだったり。
 男同士で開催する週に一度の風呂祭で脱ぐパンツも履くパンツも、洒落た花柄や幾何学模様の入ったジャストサイズのパンツだったり。
 よく晴れた甲板で洗濯大会をした時なんか、小汚ねぇ服やパンツでいっぱいになった泡まみれのでかい桶の中、アイツのパンツだけが鮮やかに浮かび上がるもんだから、色落ちすりゃ良いと思ってゴシゴシゴシゴシもみ洗いしてやった。色は全然落ちなかった。

 ヤツがなんでまた急にそんな浮かれたパンツを履き出したのか、俺は知ってる。

 少し前の上陸でたまたま見かけた。うちの船の紅一点、麗しの航海士が足を踏み入れたメンズのショップ。雑誌で見たことのある看板。洒落たデザインと履き心地の良さに定評のあるパンツ屋だった。
 船に戻った彼女の手には、両手いっぱいの紙袋。その中にはあのパンツ屋のショッパーも二つほど。そしてゾロが浮かれたパンツを履き始めたのは、その直後からだった。

 船の上では特別距離が近いわけでもなく、二人の間にそういう『男と女』の空気を感じることはなくて、あくまで仲間のスタンスを貫いているようだった。
 でもたった一度だけ。
 運悪く複数の海賊船に遭遇し、その中で最も小ぶりなうちの船が標的になったことがあった。戦力に不足はなかったが、卑怯な海賊どもは非力なナミさんを力で圧倒し傷付けた。
 幸い傷は浅かったものの、彼女に傷を付けたことに俺たちは怒り狂い、その場にいた奴らを片っ端から蹴り上げ、斬り刻み、ぶん殴った。
 伸してしまえばあっという間で、絞り取れるだけの宝をもらってナミさんに侘びさせたけれど、俺たちはナミさんを守ることができなかったことを皆一様に悔いていた。特にゾロは、戦闘の直後からずっとおっかない顔をしたまま、ナミさんのそばを離れようとしなかった。
 その夜、翌朝の飯の仕込みを終えて一服しようとキッチンの扉を開けると、頭上から話し声。侵入者かと身構えたが、「ゾロ」とよく知る名が聞こえ、その声の主はナミさんだった。

「ゾロのせいじゃない」
「嫌なんだよ。お前が傷付くの、俺が見たくねぇ」
「んなこと言っても、私海賊なんだけど。これからも怪我はするし傷も増えるわよ」
「守らせてくんねぇの?」
「……守られてるよ、私は」

 みかん畑にいるのであろう二人の会話は、ところどころ間がありながら、いつになく真剣に、それでいて穏やかに、宵闇に溶け出していた。
 発せられる言葉の素直さとは裏腹に、その声の色は懇願にも似た悲痛さがあって、ゾロのナミさんへの気持ちのデカさが苦しいほどに伝わってきた。それを受け入れるでも拒否するでもなく、なるべく平らかに静かに言葉を返すナミさんは、きっと努めてそうしているのだろうと思えた。お互いを想うが故の温度差だった。
 意図したものではないにせよ、盗み聞きは趣味じゃない。今開けた扉を出来るだけ音を立てないようにそっと閉めて、俺は元いたキッチンの流しに向かって小さく小さくため息をついた。
 
 そんなことがあったのはまだ俺がこの船に乗ったばかりの頃。あの夜の様子じゃきっと、あの時の二人はまだ特別な、いわゆる男女の関係ではなかったはずだった。それから少しの時間を経て、どんな言葉を、想いを交わして、互いの気持ちを認めて関係を深くしていったのかは分からない。
 船の上では相変わらずの距離感で、口悪く言い合ったり時に呆れたり怒ったりしながら、気の合う仲間、の体を崩さずに関わっているゾロとナミさん。けれどあの浮かれきったパンツを見れば、そんなものを贈り、贈られるくらいの関係になったことは明らかなわけで。
 今日もよく晴れた空の下、風にそよいだ浮かれたパンツを見上げては、ふーっと吐き出す紫煙は何故か、ゆるくハートの形を描いた。

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