月末金曜21時

ゾロナミ

 お。オレンジのお姉さん。
「いらっしゃいませ〜」
 来店の音に隠れるくらいの大きさで言う。このくらいがきっと、金曜の夜のコンビニバイトに相応しい声量だと思ってる。金曜の夜の大人の人って、疲れてるでしょ?
 レジの中からオレンジのお姉さんの姿を目で追ってみる。あの人はいつも、野菜スティックとか小さいサラダとかを一つ、チルドの惣菜を一つ二つ、たまに、あたりめとかミックスナッツみたいな乾き物をカゴに入れて、それから……。
「いらっしゃいませ〜」
 くたびれたサラリーマンご来店。スーツしわしわ。あんななるまで働くとか……大人、やだなぁ。
 あ、そういやお姉さんは。お、今日もビールですねぇ。ビールって美味しいですか? って聞いたりしたら、子ども扱いされちゃうかな。いや、俺だって酒くらい飲みますよ? でもビールの美味さってまだよく分からない。苦いしなんかちょっと、オェってならない? それともあのお姉さんと飲んだら、あの苦いばっかりの泡だらけの酒も美味しく感じるのかな。おっ、考えていたら目の前にくたびれスーツのお客様。
「いらっしゃいませ」
 サラリーマンは今夜もコンビニ弁当で腹を満たすようです。この弁当、値段の割に米も肉も多くてお得なヤツ。分かってるね。
「ありがとうございました〜」
 サラリーマンはいつも目を合わせない。流れるように会計を済ませて立ち去る背中がくたびれ果てている。今日もお疲れ様でした。
「お願いしまーす」
「! いらっしゃいませっ」
 お姉さんはいつも俺の目を見てお願いしますを言ってくれる。コンビニでこれなんだから、普段から気さくなんだろうなと簡単に想像がつく。こんな美人で気さくとか、あなた何者ですか?
「ポイントカードお持ちですか?」
「あっ」
 いつもはカゴとほぼ同時にポイントカードも出してくれるのに、月末の金曜はさすがにオレンジお姉さんもお疲れのようだ。
「はい、お願いします」
「いつもありがとうございます」
 あぁ、爪が秋仕様になってる。シックな色も似合うなぁ。
 さて今日のメニューは。野菜スティックに砂肝炒め、煮物にチーズ、漬け物、それからビールにビールに……ビールが四本、酎ハイ二本。同じ銘柄全部二本ずつ。いつも必ず、二本ずつ。
「3,210円でーす」
「あら。さん、に、いち、ぜろ」
「あ、本当ですね!」
「あっ、ごめんなさい。カードで」
「はい。こちらにお願いします」
 照れた顔も可愛いです。ちゃんとエコバッグ。いつもありがとうございます。
「ありがとうございました〜」
「どうも〜」
 にっこり笑って、重いはずのエコバッグを軽々と持ち上げて。オレンジのお姉さんは今日も爽やかに帰って行く。かわいいな〜。
 オレンジのお姉さんはいつも、必ず、同じ銘柄のお酒を二本ずつ、買って行く。そういう買い方をする人って一定数いる。大人数で飲むには少なくて、一人で飲むには多すぎる。つまり、誰かと二人で飲むってことだ。彼氏かな。女友達? いや彼氏でしょ。毎週末に決まって一緒に飲む相手なんて。あれだけの美人だよ、男の一人や二人いるでしょ。
「いらっしゃいま……」
 えっ。オレンジのお姉さん。と、緑の男の人。お姉さんのエコバッグ、緑の人が持ってる。筋肉すご。
 えっマジか。あれが彼氏? なんか想像してたのと違った。えっ、あんなイカつい人と付き合ってんの? 目つき怖いんですけど。すげー睨んでるじゃん何探してるんですか? あ、お姉さん案内してる。冷蔵庫。え、酒? あれで足りないの? どんだけ飲むの二人でしょ? あっ、もしかしてもっと人来る感じですか。何人かで集まってね、はいはいはいそういうことね。じゃ緑のお兄さんもお仲間さんってことでいいのかな。
「お願いしまーす」
「いらっしゃいませ」
 今度はポイントカードも一緒だった。
「いつもありがとうございます」
 えっ、緑のお兄さん、めっちゃ見てくるじゃん。てか睨んでる? 俺睨まれてるよね? 怖。手とか触ってませんけど? ただレジしてるだけ。怖い怖い怖い。
「わっ、なんて顔してるのよ! 店員さん怯えてるじゃない」
「ああ? 地顔だ」
「ごめんなさいね〜」
「あっ、いえ……」
「なぁ」
「はいぃぃっ」
「これ、一つくれ」
 ざっくりと指をさされた。レジ横のホットショーケース。
「か、から揚げでよろしいですか?」
「ちげぇ肉だんご」
「つくねでしょ? 一本お願いします」
「お前食わねえの?」
「あんたのから一個もらうからいい」
「つっ、くね串一本ですね。少々お待ちください」
 ピっピを終えてつくねを袋に入れにかかる。これを二人で分けて食べるってことは、そういうことだよね。カゴの中身は追加の違う銘柄のビールが二本ずつと、カップのアイスが一つ。飲み比べするのは一人一本、食べるものは二人で一つ。仲良しかよ。いいな。いいなぁ。
「お会計1,111円です」
「おぉ」
「ん? あらゾロ目。あっ、カードでお願いします」
「かしこまりました」
 レジの操作をしている間、二人は何やら言い合いながら楽しそうに笑っている。身体はぴったり寄り添っていて、一緒にいるのが当たり前って空気が出まくっている。店に入ってきた時は何故このお兄さん? と思ったけど、目の前で見せつけられたらよく分かる。もうお似合いです。空気が合ってる。しかもお兄さんイケメン身体バキバキ敵わない。美男美女じゃん。なんなのもう住む世界違ったわ。
「レシートお返しです」
「どうも」
「またお越しください」
「また来ます」
 にっこり笑ったお姉さんと、隣のお兄さんも多分ちょっと、ニヤッと笑った。
「ありがとうございました〜」
 退店の音に紛れた俺の声。二人の背中にはきっと届かなかったと思う。
 別に本気で好きだったわけじゃない。ただちょっと憧れのお姉さんと思っていただけだった。はずだった。なんだよなんでこんな落ち込んでんの俺。きっとあれかな。あんな似合いっぷりを見せつけられてちょっと当てられちゃったんだな。
 バイト終わるまであと一時間。上がったらビール買って帰ろ。今夜はヤケ酒。思いっきり苦い酒飲んで酔っ払ってしまおう。

コメント

  1. こひま より:

    現パロだーいすき!!!!
    モブ視点で、ゾロナミの絡みがたくさん見られたわけじゃないのに、どうしてこう、ゾロナミ感が伝わってくるんでしょう???
    モブくんの若者感あふれる語り口も可愛いし、憧れのおねーさんがイカついイケメン連れてきたとこの慌てぶりとかも良い!!!
    とにかく、ゾロナミのカップル感を他人からの視点で見るってとても素晴らしいですね〜〜😭✨

    どんな展開になるんだろう?って思わせる文章の書き方、やっぱりかめさんは上手ですね……!!大尊敬……!!!

    • @kame より:

      わーい!!私も現パロだーいすき!!!
      外から見るゾロナミが割と好きで、今回はモブくんに憑依してみましたよ😂かわいげのあるモブになれましたかね??笑
      ほとんどナミさんを見つめてるモブの心情だけなんですけど、楽しんでいただけたなら嬉しいです!!
      文の書き方まで褒めていただいて😭本当にありがとうございます😭幸せです😭😭❤️

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