サンセットビーチ
海岸沿いのカフェでテイクアウトしたレモネードが汗をかき始めている。暑い、と口々に漏らしながら歩く砂浜は太陽の熱を吸収して、その一粒一粒に夏を閉じ込めたみたいに白く輝いている。
「あっ」
何かを見つけた彼女が俺の手からふわりと離れて行く。
「ねぇ、きれい」
しゃがんで拾った貝殻をこちらに見せる屈託のない笑顔がまるで少女のようで、心臓がきゅうっと音を立てて震える。
あぁ、俺は本当にこの人が。
「ナミ、誕生日いつ?」
「えっ? なに急に」
「いや、俺ばっかりこんなに祝ってもらってるから、俺もナミの生まれた日を祝いたいなって」
一瞬大きく見開かれた瞳はすぐに細められて、ふふっ、と笑い声が漏れる。
「律儀ねぇ。私もういい大人よ?」
「そんなの、生まれてきてくれてありがとうの気持ちには大人も子どもも関係ないでしょ」
「あら、生まれてきてくれてありがとうなの?」
にやりと笑いながら俺を覗き込む。
「そりゃ……、や、待ってそれ今じゃないよな。とにかくお祝いしたいから! いつ?」
「聞いたらあんたちょっと後悔するかもよ?」
「しないよ! なぁ教えて」
すがるように手を握ると、彼女の手の中でじゃら、と貝殻が音を立てた。すると彼女は観念したように眉を下げて口を開く。
「七月三日。あんたと出会った日よ」
困ったような笑顔で彼女は俺に笑いかける。
「えっ、えー……マジか。なんで言ってくれなかったんだよ、あの夜」
「その日に初めて会った子に、そんな話しないわよ。それにあんた、あの日ろくにお金持ってなかったじゃない」
「あ〜……、本当カッコつかないな俺。次は絶対、」
「そしたらさ、」
被せるように言葉を遮り、彼女はとびきりの笑顔で続けた。
「私がお祝いしてってお願いした時に、祝って。私の誕生日」
それはきっと、来年の七月三日、俺たちはもう一緒にいないということで。思っていたよりも彼女との別れは近いのかもしれない、なんて、妙に冷静な頭で彼女の言葉を読み解く。それでも、それならばなおさら、その時は盛大に。
「分かった」
一度大きく頷いて、貝殻ごと握りしめた手をそっと解いた。
「約束して。俺にちゃんとお祝いさせて」
小指を立てて差し出すと、子どもみたい、なんて笑いながらしっかりと絡められた彼女の小指に安堵する。
「その貝殻、預かってもいい?」
「うん? どうして?」
「内緒」
「ふぅん?」
つんと尖らせた唇がきゅっ、と弧を描いて、俺の手のひらに砂のついた貝殻がじゃらりと乗せられた。
「これでいい?」
「ああ。ちゃんと返すから」
「うん。待ってる」
優しく細められた瞳に囚われたようにずっと彼女を見つめていたら、見過ぎだと頭を小突かれた。彼女のキラキラとした笑い声が耳の奥に染み込んでいく。
この瞬間がずっと続いたらいいのに。
使い捨ての透明カップを握りしめる手はもうすっかりびしょ濡れだったけれど、一口啜った甘いレモネードはまだ心地よい冷たさを保っていた。
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