彼女
ナミの誕生日を祝った翌朝、俺はしんとした家の中をひとり歩き回った。もう姿の見えない想い人の気配は、どこを探してもかけらもなくて、本当に行ってしまったんだと急に心に淋しさが降り積もる。
昨晩の後始末を、昨日のうちにしてしまったことを後悔した。本当に何もなかったように、彼女が来る前の家に戻っている。
一人きりの無駄に広い家。
昨日並んで腰掛けたソファには、二人で使ったくたくたのブランケット。並んでかけるには小さくて、使っているうちにどちらかの片脚がはみ出した。
彼女が使っていたマグカップは、食器棚の奥の奥に仕舞い込んである。ふと目について思い出さないように、と彼女が昨日のうちに片付けていた。
部屋着にと貸したTシャツを「思い出に」と持って行ったのは、それもきっと、自分の痕跡を残さないようにと考えた彼女の口実だった。
あんなに満ちていた彼女の気配が、今朝は跡形もなく消えてしまった。
「そんなとこまで………ナミだなぁ」
好きだなぁ、と改めて感じて、どうしようもなく苦しくなった。
彼女がいつも座ったダイニングの椅子に座って、彼女との思い出を噛み締めた。窓の補強板の隙間から、新たな朝の光が一筋、差し込んでいた。
彼女が島を出て半年が過ぎた頃、「ロロノア・ゾロ死亡」の一報が流れた。報道はごく小さな記事に留められ、映像でも文章でもその詳細を報じられることはなかった。
唯一、新聞に掲載された写真には、棺に向かって笑いかける女性の姿が納められていた。三本の刀を大事そうに抱えたその人の耳には、三連の耳飾りが揺れていた。
終
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