懸想

ゾロナミ

告白

 目が覚めると時計はすでに昼前を指していた。膝に乗っていたはずの心地よい重みがなくなっていて、肩から膝にかけて包み込むように、ブランケットが掛けられていた。
 テーブルの上はすっかり片付いていて、洗い物ひとつ残っていない。ふとキッチンに視線をやると、沸かし終えた湯をティーポットに注ぐナミの姿。まだ少し酒が残る重い頭を抱えながらその様子を眺めていると、視線に気づいたナミと目が合った。
「あら、起きたの。おはよ」
「おはよう。片付けありがとう」
「どういたしまして。二日酔い?」
「いや、そこまでじゃない」
「そう。強いわね」
「君ほどじゃない」
「当たり前でしょ」
 くすくすと笑いながらカップを二つ取り出して、淹れたばかりのお茶を俺の分も用意してくれた。受け取ったカップからスッと通る爽やかな香り。
「いい匂い」
「もらったハーブティー。これはミント」
「あぁ、いいね。スッキリする」
 ふぅ、と息を吐き出したタイミングが重なって、顔を見合わせて笑った。この瞬間がいつまでも続いていけばいいのに。ふわりと咲いたその笑顔を目の当たりにして、そう思わずにはいられない。
「ねぇ」
 けれどそれは叶うことのない夢で。
「今日これからさ」
 彼女がここで、ずっと俺のそばにいるなんて、夢のまた夢で。
「私の誕生日、祝ってよ」
 俺の誕生日にした約束。
 彼女が祝ってと言ったその時、彼女の誕生日のお祝いをする。
 来年の彼女の誕生日には、もう一緒にいられないから。きっともうすぐ、お別れの時だから。
「ん……そっかぁ今日かー……」
「ダメ?」
「やー、ダメじゃない。でももうちょっと、」
 一緒にいたかった、という言葉を飲み込んで。
「……ちゃんと準備できる時がよかった。ケーキとか花とかさ」
「そんなのいらないわよ。本当の誕生日じゃないんだし」
「でもお祝いするならさ。欲しかったなって」
「あんたが祝ってれるなら、なにもなくたっていいのよ。あんたがおめでとう、って思ってくれたらそれで、十分すぎるくらい」
 真っ直ぐと視線を向けて、笑う彼女の表情から、それが繕った言葉でないことはよく分かった。
 何をすれば、彼女の心を一瞬でも満たすことができるのだろう。この笑顔の底にある寂しさを、どうしたら埋めてあげられるのだろう。
 答えを持ち合わせないまま、俺は静かに頷いて、今日を彼女の誕生日にすることに同意した。
 
 誕生日のお祝い、とは言っても、未だ続く嵐の中で新たな食糧や酒、まして部屋を彩る花なんかを調達することは不可能で、結局は昨日までの酒盛りの延長にとどまるほかなかった。幸い酒にも食べ物にもまだ余裕があったこと、即席で作って飾ったオーナメントを彼女が喜んでくれたことが、せめてもの救いだった。
 俺が作れる簡単なつまみで祝いのテーブルを埋めていくのには気が引けたけれど、彼女は出す皿ごとに「美味しそう」「ありがとう」と嬉しそうに笑って、乾杯するごとに「しあわせ」と呟いた。
「この歳になってこんなふうに特別なお祝いしてもらえるなんて、思わなかったな」
 口を付けたグラスのふちをなぞる彼女の親指が、ゆらゆらと行き来する。このささやかな祝いの宴を、彼女が”特別”と感じてくれている。リップサービスが混ざっているのは百も承知だけれど、そのひと言で俺の心は簡単に舞い上がる。
「男の人のお料理って、レシピがあって分量があって、型通りなイメージだったけど、あんたのはのびのびしてていいわね」
「のびのび、か。雑も言いようだね」
「雑だなんて思わない。堅苦しくなくて楽しいってこと」
「そう?」
「うん。ものづくりする人だからかしらね。食材の組み合わせとか、味付けに使うものとか、シンプルだけど間違いなくて、ちゃんとお酒に合ってる。おいしい」
 嫌味なく、さらりと俺を認めてくれるその言葉は、どんな賞賛よりも心を満たす。
「嬉しい。気に入ってもらえたなら、良かった」
「うん、……好き」
 向かい合って俺の目を見据えた彼女は、さっきまでと変わらない声の調子で、少しだけ表情を歪めて、確かにそう言った。
「あ、ダメそれ。俺勘違いする」
 あえて焦りは隠さなかった。その方がお互い冗談として流せると思ったから。そんな浅はかな小細工、彼女に通用するはずがなかったのに。
「してよ」
 捕えられた目は、夕闇のような彼女の瞳に吸い込まれていく。
「勘違いでも気の迷いでもいいの。今夜だけでいいから、私をあんたの女にして」
 そこに縋るような弱さは一切なくて、彼女が覚悟を決めて俺に挑んでいるのだと悟った。
 言葉の意味を推し測る。彼女の望みが一体どこにあるのか。仮にその望みを叶えたとしたら彼女は満足できるのか。
 深い海の中に引きずり込まれるような感覚に襲われながら、回らない頭を必死に働かせて、言葉を紡ぎ出す。
「ナミ、」
 向かいに座る彼女に手を伸ばす。華奢な手首を取って立ち上がり、その手を引いてソファに並んで腰掛ける。見つめた彼女の瞳の奥には、期待も欲も灯っていない。あるのはただ美しく澄んだ、透明な淋しさだ。
「俺が埋めてあげられればよかったのにな」
 わずかに顰められた眉を認めて、彼女の身体を腕に包み込む。抵抗はなかった。胸に感じる彼女の体温に鼓動は早くなっていく。その壊れそうな細い肩を、できるだけ柔らかく抱きしめて、ふわりと香るオレンジを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ナミ、本当に……好きだったんだ。君が思っているよりも多分、ずっとずっと重い気持ちで、好きだった。手を出して君がいなくなるくらいなら、欲なんかないフリして、無害な男を装って、君のそばにいたかった」
 息を呑む気配。まだ、もう少し。
「初恋だ、って話したでしょ? 会ったこともなかったのに、ずっと憧れてた。才能も生き方も、その姿も。でも、会ってしまったら。想像してた何倍も素敵で、引きずってた初恋の淡い気持ちが一気に塗り替えられるみたいに、鮮明に、恋してた」
 どうかどうか、伝わってほしい。
「本当は、この腕の中にずっとずっと閉じ込めて、この先の時間を一緒に過ごしたい。本気でそう思うくらい、ナミが欲しかった。出会ってから今まで、ずっと」
 彼女の吐き出す息が震えて、堪えていたものが込み上げてくる。頬が触れ合う。少し向き合えば、唇が触れる距離。
「触れたいのに……触れたくないなんて、おかしな話だよな。こんなに近いのに。触れたらナミは、きっといなくなる。触れなくたって結果は変わらないはずなのに、怖くてこれ以上、踏み込めないんだ」
 腕の中の彼女が、ぎゅっと俺の服の裾を掴む。
「私が……そうさせてる。近づいてきてほしくて、でも核心に触れてほしくはなくて、振り回した。ごめん」
「謝らないで。俺の好きで振り回されてるだけ。俺がただナミを、好きなだけ」
「………気持ちを向けてもらえることがこんなに嬉しかったの、すごく久しぶりよ」
 背に彼女の腕が回されて、つかえていたものが溶けたように呼吸が楽になる。

「あんたを、気に入ってるわ。とっても」

 深く呼吸を繰り返す。まぶたを閉じて、腕の中の彼女を目一杯感じ取る。感覚の、記憶の、隅々まで刻み込むように。
「このにおい。君がいないところで感じたら、きっとその辺りを探しちゃうだろうな」
「なにそれ、かわいい」
「今だってそうだ。朝起きて君の姿が見えなくて、でもオレンジのにおいが微かに残ってる。いないと分かっていても、家の中一周してナミを探すんだ。そうやって俺の一日が始まる。君が行ってからもきっとそれは、変わらない」
 彼女の手が、優しく俺の頭を撫でる。
「私をあんたの心に置いてくれて、ありがとう」
 ぎゅっと一度、きつく抱きしめて、彼女は俺から離れていく。
「本当は私、あんたを利用するつもりだった。初めて会った日、酒場で話してくれたこと、この子小さい頃にゾロに会ってるって思ったから。私がゾロを探してるのには気付いてたでしょう?」
「うん、なんとなくね」
「私が掴んだあいつの最後の目撃情報はこの辺りの海域だった。近くの島をいくつか当たって、この島の情報を得たの。刀を持った剣士がいたこと、ある嵐の日に海が割れる怪現象が起きたこと。その時期は、ゾロが消息を絶った時期とほとんど一致してた」
 数日前、祭りの最終日の夜に感じたソワソワとした焦燥感が蘇る。
「もう十年も前のこと、調べるのは苦労したわ。町の図書館に何度も通って当時の新聞なんかを片っ端から読み漁った。町の人たちから怪しまれずに話を聞くために、いろんなお店の店主たちと顔見知りになって、お付き合いでお酒飲んだり。とにかく人が集まる場に顔を出して、小さな情報を少しずつ集めていったの」
「どうして、もっと俺を利用しなかったの。俺の誕生日に話したことなんて、出会ったその日に聞き出して効率よく情報集めたりできただろ?」
「そのつもりだった、はずなのにね。あんたにそれをしたらダメな気がした。私たちを憧れだって言ってくれて、私を初恋だって言ってくれて。正体を明かしたらもっと本性を出してくると思ったのに、あんたはずっと、出会った瞬間からずっと、………ゾロに似てたから」
 今度は俺が眉を顰める番だった。以前も言われた言葉だった。話を総合するとやはり、俺に剣を教えたあの人はロロノア・ゾロに違いない。ナミが言ったように、俺と先生の見た目は似ても似つかない。雰囲気だって、あんな貫禄も鋭さもなければ、あの華やかなオーラなんて搾り出しても出てこない。中身などどこをどう似てると感じたのか、見当もつかないのだ。
 俺の顔を眺めていた彼女が小さく笑って口を開く。
「どこが似てるのか分からないって顔してる。そりゃそうね。手配書の悪人顔には全然似てないし、きっとあんたが剣を教わった頃のあいつとも、見た目的には似てないわよ。でもね、向き合い方の誠実さは、ゾロにそっくりだわ」
 懐かしむように目を細めて、彼女は続ける。
「ゾロはね、何かに半端に関わるようなことはしなくて、自分の中の『こうあるべき』って信念に従って、真っ直ぐに向き合う人なの。あえて言葉に出すことは少なかったけど、いつでも迷わず、進むべきところを見据えてた」
「それならやっぱり、俺は似てない。俺はいつでも迷ってばっかりで、人に合わせて流される」
「それは、あんたが大切にしたい人を大切に扱った結果なんじゃない?」
「大切な人を、大切に扱う……?」
「あんたがこの島を、島の人たちを大切に思ってることは見ててよく分かる。一見流されているように見えても、それは相手と向き合って、相手が何を大事にしているかを尊重した結果なんだと思うわ」
「そんなこと……」
「そういう意味ではゾロとは方向性が逆かもね。ゾロはあいつの内側に、あんたはあんたと向き合う相手に軸を置く。相手を通してあんた自身の軸を見つけるっていう感じなのかな。相手をよく見て、相手の求めるものを見つけて、うまく合わせてそれを返す。そういうところはゾロよりずっと器用だわ」
 思いもよらないことを言われて、自分と結びつけて考えることができない。驚くばかりの俺を、ナミは穏やかな笑みで見つめる。
「あんたの素敵なところよ。ちゃんと向き合って、目の前の私を見てくれる。そういうところに惹かれたの」
 伏せられた長いまつ毛が彼女の瞳に影を落とす。
「気持ちに蹴りをつけたくてあんたをけしかけたけど、あんたはずっと私の真意を探って結局応じはしなかった。私の頼みを聞くことが、私を救うことにはならないと思ったから。違う?」
 固く握った俺の拳を柔らかな手が包み込んで、グラスの縁を撫でたあの指でゆらゆらと撫でる。
「その判断で、今私は救われてる。あのまま関係を結ばなくて、良かった」
 彼女の口元が緩く弧を描く。
「感謝してる。本当に。あんたに出会えて、あんたと過ごした時間で、心が洗われた」
「それは、俺の方こそだ。ナミと過ごせて本当、夢みたいな日々だった」
「大げさよ。でも、ありがとう」
 解いた拳に絡まる指先。握った手のひらがあたたかい。
「ねえ聞いていい? どうしてロロノア・ゾロを探してるの?」
「約束、したの」
「約束?」
「うん。私が40になった時まだ独りで、あいつの死亡記事が出てなかったら、迎えに来てくれって。勝手よね。知ってる? あいつ超絶方向音痴なのよ、すぐ迷子になるの」
「ふっ、うん。知ってる」
「ひどいもんでしょ? どうせ今も迷子になってて、自分の居場所もよく分かってないんだわ」
 呆れた声とは裏腹に、その表情は優しい。
「あいつね、ビブルカード、知らない人に売り飛ばしたのよ。どうせ金欠だったんでしょうけど。ビブルカードを辿って行ったらもう全然違う人でね、持ち主はそれがどういう意味のあるものかもよく分かってなかった。お守りだって高く売りつけられたんですって。気の毒だから買い戻したわよ。あの方向音痴、自分で持たなきゃ何の意味もないじゃないね」
 はぁ、と大きなため息をついて、ソファの背もたれに深く身体を沈める。
「でもまだちゃんと生きてるの。少しずつ確実にカードは小さくなってる。けど、生きてるの」
「会いたいんだね、ナミ」
「………うん」
 会いたくてたまらない人を思う彼女の表情があんまり綺麗で、俺の中の鮮烈な恋心はどうあがいても叶わないことを悟った。
「居場所、分かったんだ?」
「おそらく、ね」
「確証はないの?」
「ううん。ほとんどそこで当たりのはず。あの日の気象条件、潮の流れ、この辺りの地形……その後の情報が外に出てないことからもきっと。でも現状の証言が得られたわけじゃないの。接触してそれとなく聞いてみたんだけどねぇ」
「誰か情報を持ってる人が?」
「ええ、祈祷師よ。お祭りに来たでしょ?」
「祈祷師⁉︎ あの人なにか知ってたってこと?」
「うーん。予想ではね、ゾロは祈祷師の島にいるはずなの。他の島を経由した可能性はあるけど、最終的に行き着いたのは祈祷師の島のはず。あの島、外交はほとんどないでしょう? 島の全容を知る人は島の外にはほとんどいない、謎の島。あの島の内側はまるで楽園らしいわ」
「ら、楽園?」
「ええ。この島の人たちもこの前のお祭りでご祈祷の報酬、かなり弾んだんじゃない? 外交なんかしなくても、天災や疫病のお祓いご祈祷なんかでずいぶん儲けてるらしい。そのお金で、島一つで衣食住に医療娯楽まで、不自由なく完結するほどの設備が整っているそうよ。一箇所から巻き上げるようなやり方じゃないから、周りからは気付かれないんでしょうけどね」
「そう、なのか……」
「あの島の実態こそ定かではないけど、十年くらい前に大怪我をした男が漂着して、以降島を出入りした者は記録上いない。祈祷師の口から聞き出せたのはそんなところ。もてなしの席で結構飲ませたのに全然口を割らないの。さすが怪しい商売してる人は口が堅いわ」
「そうだったのか……祈祷師と一緒に島に向かうことは考えなかった? 一緒に行ったら早く会えたかもしれないのに」
「ううん。あれ以上深入りしたら怪しまれたわ。それに、」
 ナミの身体が俺に向き直る。真っ直ぐに見つめられて頬が熱くなる。
「あんたとちゃんとお別れしないままこの島をはなれるなんて、できなかった。半端にあんたに気持ちを残したままゾロに会うなんて、誠実じゃないと思った。ゾロにも、あんたに対してもね」
「ナミ……」
「……なんて、結局最後まであんたを試すようなやり方して、私のわがままで振り回して、本当にごめんなさい。一人で気持ちにケリをつけられない私に、ちゃんと向き合って寄り添ってくれて、ありがとう」
「ナミ、顔上げて。俺お礼言われるようなことしてないから。俺のしたいようにしただけだし、ナミと過ごせただけで本当、夢みたいだったから………ナミ?」
 顔を伏せたままのナミの肩が小刻みに震えている。泣いていた。声を押し殺して、堪えきれない感情を少しずつ外に逃すように。
 震える肩を包み込んで抱き寄せて背をさすり、ナミにだけ聞こえる声で、伝える。
「見ないから、顔上げて。俺のシャツ、ちょっとにおうかもだけど、涙拭くにはちょうどいい温度だと思うよ」
「………あったかい」
「だろ? 全部出しちゃえ、ナミ。ここで辛い気持ち全部出して、大事な人には、笑顔で会って」
 顔を埋めた箇所がじわじわと濡れていく。これまでの苦労も再会への不安も、流れ出ていけばいいと思う。その中にほんの少し、俺との別れを惜しむ気持ちが混じっていたら、嬉しい。何も言わず、声も漏らさずに涙を流すナミの気持ちは、推しはかることしかできないけれど、シャツを濡らす涙の分だけ心が軽くなることを願いながら、できるだけ優しくその背をさすり続けた。せめて今だけは拠り所にしてほしかった。
 震える肩はやがて緩やかな上下を繰り返し、穏やかな呼吸に変わっていく。いつものナミの、いつもの呼吸。
「……ふぅ。落ち着いた、ありがとう」
「どういたしまして」
 ぐっしょりと濡れたシャツから顔を上げたナミのまぶたは、紅く腫れていた。
「冷やすの持ってくる、待ってて」
「うん、ありがとう」
 氷水で冷やしたタオルを固く絞ってナミに手渡す。
「これ当てて、ちょっと待ってて」
 ナミがまぶたを冷やすあいだに、作業場の隅に置いた小さな箱にリボンをかける。これを渡す日が来たことに、不思議と悲しさはなかった。ただ少しでもナミが喜んでくれたらと、若干の緊張感を纏いながら彼女の元に戻る。
「ありがとう。だいぶ良くなったわ」
「ん、よかった」
 タオルを外したナミの瞳はまだ少し赤みが残っていたけれど、その表情はスッキリとして見えた。
「ナミ、これ」
「可愛い、リボン上手ね。開けていい?」
「うん」
 細い指がリボンの端を引っ張って、スルスルと結び目を解いていく。箱を開けたナミがはっ、と目を見開く。
「っ、……これ」
「返すって、約束しただろ?」
「あの時の貝殻……。ねぇこのデザインって」
「これで合ってたと思うんだけど。同じ形の細長い貝殻、ナミが拾ったのと俺が拾ったの合わせて三連にしたんだ。……先生がいつもつけてた耳飾り、こんな感じだったと思って」
「どうして、私にこれを?」
「お守りになればと思ったんだ。先生がつけてたあの耳飾りのこと、お守りみたいなもんだって話してた。だから、先生のと同じデザインの耳飾りなら、先生と俺がナミを守ってあげられるんじゃないかって思って」
「そう、……そっか」
 手に取った耳飾りをそっと握りしめて、ナミは「ありがとう」と呟いた。
「無事に再会できることを祈ってる」
「うん。これ着けて会ってくる」
「きっと似合う」
 にこりと笑ったナミの瞳から一粒、最後の涙がこぼれ落ちた。

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