目撃者
一日目、二日目と、祭りの中心部から離れたところで祈祷師付きの警備に当たっていたせいか、祭り最終日の賑わいに少々面食らっていた。群衆から離れた静かなところで祈祷師の祈りばかり聞いていたせいで、子どもたちのはしゃぐ声や、酒を飲んで浮かれた大人たちの笑い声が耳に滲みる。大嵐が来てしまえば、その後の復旧作業が終わるまで楽しい時間はお預けだからと、皆一様に浮かれて騒いで、陽気に過ごしているのだった。
屋台通りをゆっくりと練り歩き、不審者がいないか、不審物が落ちていないか、トラブルは起きていないか、視線を巡らせながら店の並びをぬけていく。もっとも、普段から平和な島だ。あって酔っ払いが倒れたとか、その程度のトラブルくらいな訳だけれども。
立ち並ぶ屋台は海沿いを長く長く連なり、岬の手前で途切れていた。これをまた折り返して端から端まで全部見て回るのは骨だな、と一つため息をついてふと岬の方を見ると、誕生日の夜にナミと食事をしたあの店の裏手に人影が見えた。
足をすすめて近づいてみると、女の人の声が聞こえる。緊迫感のある張り詰めたやり取りの中に聞き覚えのある凛と響く声。ナミだ。
「……んだったのね? それは間違いないのね?」
「はい。お父さんも『ろーにんさん』って呼んでいたので、見間違いじゃないはずです」
「そう。ねぇその、海を割る、って、どんな感じだった?」
「う〜ん……ちゃんとは見てないんです。でも、刀、だと思うんですけど、両手と口にこう……咥えてて、『早く逃げろ!』って、怒られて。それでお父さんが私を抱えて、走り出した。もう怖くて、ろーにんさんもいつもの感じと全然違くて、すごい怖い顔してて。それでお父さんにしがみついて逃げる途中、海の方からものすごい音がして、地割れみたいな、地震みたいな。それでパッと顔を上げたら、海がぱっくり、割れてて……」
「ぱっくり、割れた」
「はい。水が引いたんじゃなくて、スパッと斬られた、みたいな」
「海が、斬られた……そう。その後は? なにか見た?」
「………ごめんなさい。あの時まだ私ちっちゃくて、その後どうやって避難所に行ったのかもよく分からなくて。怖くてびっくりしたことばっかり覚えていて……。あっ、きっとお父さんの方がよく覚えてるわ! 今屋台出してるんです。そっちに案内しましょうか?」
「ううん、今聞けた話だけでも十分だわ。お父さんの商売の邪魔しちゃ悪いしね」
「そうですか……わざわざ探して来られたのに、ごめんなさい」
「こちらこそ、怖いこと思い出させてごめんなさい。話してくれてありがとうね」
「いえ」
会話が終わるとざっ、ざっ、と砂利を踏んで歩く音が聞こえて、慌てて屋台通りへ走って戻った。
話していたのはナミと、きっとあの店の主人の娘。聞こえた話の内容からして、あの店の店主親子はおそらく、十年前の嵐の夜に俺が見かけた最後の避難者。話に出ていた『浪人さん』というのは、この島の大人たちが先生に対して使っていた呼称。
やっぱり、あの夜海を割ったのは先生だったのだ。きっとあの親子を助けるために、海を斬って逃したのだろう。
先生に剣を教わる時は木刀を使っていたし、先生が腰の刀を抜いて斬るところは実際見たことがなかった。
あの海を真っ二つにした斬撃は、先生が放ったものだった。
それが事実として裏付けられた衝撃と、必死に話を聞き出そうとする鬼気迫るナミの様子。ザワザワと胸の内に広がる興奮と不安。
もうすぐ、嵐が来る。
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