宴の後

ゾロナミ

 腹の上で何かが擦れてするするすると這っていく。その感覚が過ぎ去ると急にその辺りがひんやりと寒くなって目を開けた。
「んっ、悪い起こしたか」
「……んぁ〜、ゾロかぁ?」
「すまんウソップ、これもらう」
 そう言って軽く上げて見せたのは、さっきまで俺の腹に掛かっていたはずの薄いブランケットだった。
「うおい、なんだよ。男部屋からお前の取ってくりゃ良いだろ?」
「いや俺の分じゃねえんだ」
「へっ?」
「ナミに」
 振り返った視線の先には、硬い板の上で俺たちに背を向ける格好で横になる我が船の航海士の姿があった。その下には申し訳程度に敷かれた、これまた薄いブランケット。
「あれ、お前の?」
「ああ、もう眠いってあそこで寝るっつうからよ」
 随分優しいんだな、と言葉に出すのは憚られた。その行動の意味を何となく、分かってしまったから。
「そっかー。それじゃあしかたねぇよな。俺様があっためてやったブランケットで彼女を包んでやりたまえ」
「へっ。ありがとよ」
 苦笑いとも取れる小さな笑顔を浮かべたゾロはナミの元へ戻って、手に持った薄い布を優しくその身体にかけてやった。
 なんとなく、ゾロがその後どうするのか気になって、眠気の残る頭で二人の様子を見るともなく見ていた。ナミにブランケットを掛けた手は、しばらくその薄い布越しにトン、トンと優しくナミの身体をたたいている。
 へぇ、あいつにもああいうこと出来るんだな。
 なんて呑気に思ったのは束の間のことで、次の瞬間ゾロが見たことのない切なげな表情でナミを見つめているのが見えてしまって、見ちゃいけないものを見ちまったと、自分自身の行動を少しだけ、後悔した。
 それで視線を逸らせば良いのに好奇心とは恐ろしいもので、その後の展開を少なからず期待しながら見てしまっている自分がいた。ゾロの手はやがてナミの頬を、額を、柔らかく撫でた。可愛がるように。慈しむように。ゴクリ、と唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえて、気付かれるのではないかとヒヤヒヤしながらもまだ視線を剥がせずにいた。ゾロの大きな手がナミの顔のあたりをただ優しく撫でる。その動きは普段のアイツからは想像できないくらいに繊細で、どうしようもなく男を感じさせた。
 どれくらい経ったのだろう。しばらく続いていたそれがピタリと止まった。そろそろ眠るのだろうか。俺の眠気はすっかり飛んでいったというのに。そんなことを考えながらゾロの様子を窺っていたら、ゾロの顔がゆっくりと、ナミの頬に近づいていった。
 これは、と思った瞬間、二人の姿が溶けて一つに重なった。
 あぁ、そうか。知らない方が良かったのかもしれない。確信を持たない方が、きっとこれから楽だった。この先長い航海の中で、秘密を抱えて過ごすのか。

 ゾロは、ナミに惚れている。

 もう寝よう。今日はもう寝てしまおう。一晩ぐっすり寝たら、今のあれは夢だったと思うことが出来るかもしれない。二人に背を向けるようにゴロリと寝返りを打つと、金髪のコックがいびきをかいて眠りこけていた。
「サンジくん、俺も入れて〜」
 小さく呟いて、隣にいたサンジのブランケットを半分ほどいただいた。妙に近くなった金髪とタバコの匂いに、ざわついた気持ちが別の意味にすり替えられて、結局眠りについたのは明け方近くになってしまった。
 ルフィの飯コールで目が覚めた時、ナミは既に部屋に戻っていて、ゾロは何も掛けない状態で甲板に転がっていた。きれいに畳まれた二枚のブランケットが、ポツンと置き去りにされていた。
 あの後ゾロとナミがどうなったのか、どうもならなかったのか、気になったものの当人たちにそれとなく聞くこともできず、俺の胸にたまったモヤモヤは長い間解消されることはなかった。

 そんな悩ましい一夜を過ごしたのは二年前、確か偉大なる航路に入る直前。あの頃はまだメリーもほとんど無傷で、クルーは五人だけだった。あの日も今夜のように、みんなでバカ騒ぎをして盛り上がった宴の夜だった。
 程よく酔いが回って甲板で雑魚寝となったところで、きちんと準備していた俺のブランケットがパッと取り去られた。
「んおぃ、誰だよ! 俺のだぞ〜」
「あっ、起きてたの? ごめんごめんこれもらうわね」
「あー? おいナミ〜、お前起きてるんなら部屋戻れよ」
「うーん、そうしたいところだけど、生憎ロビンたちがお取り込み中みたいだから」
「お……そうか」
「ごめんね、もらうわね」
 酔いと眠気が相まってか、いつもよりも少しトロンとした目で俺に笑いかけたナミは、俺から横取りしたブランケットをもってゾロの元へ戻っていった。
 いつの間にか、あの二人ができていることは船の常識となっていた。あの一夜の後、二人の間にどんなやりとりがあって、いつからそうなったのかは知る由もないが、今の二人はなんだかんだで仲の良い夫婦のような関係だった。
 ブランケットを羽織ったナミがゾロの側で腰を下ろすと、ゾロが両手を差し伸べてナミの身体を抱き込んだ。ナミが小さく笑う声と、ゾロの低い声が小波のように聞こえてくる。
「仲の良いこって……」
 二人に背を向けるようにゴロリと寝返りを打つと、大いびきをかくガイコツが転がっていて寿命が少し縮んだ。体温のないガイコツがかけている少し大きめの冷えたブランケットを遠慮なく引っ張って掛け、ギュッと目をつぶった。横取りされたブランケットの方が全然暖かかったけど、まぁいいだろう。

 あの二人の幸せは、この船の幸せだ。
 

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