地獄で会いましょう

ゾロナミ

 入り口付近が騒がしい。門番に置いた奴らは相当鍛えてやったはずなのに、なにを手こずっているのやら。
 しかしまぁ。どうせあと五分もすれば、あの賑やかな出迎えの儀も終わるだろう。最近堕ちてくる奴らはどうも手応えがなくてつまらない。現世でどんな悪行を働いたのか知らないが、俺の元に辿り着く者は未だ現れない。要はその程度の悪者だったということだ。
 地獄の王にでもなればそれはそれは血の気の多い日々を送るのだろうと期待したが、現実はこの有り様。今日も今日とて暇つぶしにすらならない子どものじゃれ合いを、遠目に眺めて酒を呷る。

 気が変わったのは、耳に届いた言い争いによく聞き慣れた声を感じたからだ。力で圧すれば五分と掛からないだろうに、なるほど、相手があの女じゃそれも難しいだろう。門番に取り囲まれて座り込んだオレンジ色は、怯むことなく反撃を繰り返している。

「女一人に何人がかりだ」

 威圧するつもりはないが、俺が一声発すれば門に立つ奴らは恐れの表情を浮かべ、素早く道を開ける。友人もできないこの立場。あるのは力による縦のつながりと、ほんのひと時の酔いだけだった。

「ケガの心配はしてくれないの?」
「必要ねぇだろ。んなピンピンしてんだ」

 パン、と服をはたいて立ち上がった女は、共に旅をしていた頃と大差ない姿をしている。

「お前、ちゃんと現世全うしてきたのか?」
「したわよ充分。やりたいこと全部やり尽くしてきた。良いことも、悪いこともね」

 ちらりと舌をのぞかせる仕草もあの頃と変わらない。自然と口角が上がってしまう。

「あんたは迷わずここに来れたの? ずいぶん先に逝っちゃうんだもん。迷子になってないか心配したわ」
「そりゃどうも。生憎俺にはここしかねぇみてぇでな、真っ直ぐ一本道だった」
「それでも迷うのがあんたでしょ?」
「おい」

 懐かしさすら感じるやり取りに安堵する傍ら、なんでこっちに来ちまったのかと、なんともやるせない気持ちになる。

「ところで。あんたここの王様なんて騙ってるらしいじゃない」
「騙るってなんだ。人聞き悪ぃこと言うんじゃねぇよ。俺はこっちでも実力で上に登ったんだ」
「あらそう。あんたが王になれるなら、私も狙っちゃおうかしら。ここの女王」

 本気とも冗談ともつかない女の発言に、そこらへんで聞き耳を立てていた門番たちが色めき立つ。

「お前なぁ。ここに堕ちてくる奴らがどれだけ手のかかる悪党どもか、分かって言ってんのか?」
「手がかかろうがなんだろうが、私がここで一番悪くて強ければいいんでしょう? 私はあんたよりも強いし、悪さなら、この美しい存在自体が罪みたいなものだからね」

 ふふん、と鼻を鳴らして得意げに俺を見上げる。相変わらずよく回る頭と口に辟易する。

「ナミ、お前地獄舐めると痛い目に遭うぞ」
「えっ? 痛い目に遭う前にあんたが守ってくれるでしょ?」
「俺は下僕かよ」
「騎士くらいには思ってるわよ」

 軽く鼻で笑ったら、腹の底をくすぐられたように後から笑いが込み上げてきて止まらない。

 もう二度と、会うことはないだろうと思っていた。

 ずっとそばにいて、毎日顔を合わせても、燻る想いのほんのかけらも届けることができなかった。熱を帯びたままの気持ちを抱えて、ここでの暮らしを全うするのが俺の地獄だと思っていた。

 しかし今、目の前にナミはいる。

 なんだ、結局そばにいても手に入らないのが俺の地獄か。そう理解したらどうにも笑いが止まらない。

「なによ、なんで笑ってんの?」
「いや。やっぱり神なんざいねぇなぁと思ってな」
「なに? 全然意味わかんないんだけど」
「分かんなくて結構だ」

 それが二人のさだめだとしても、そんなものは覆してしまえばいい。俺は地獄の王なのだから。

「なぁとりあえず、酒でも飲もうぜ」
「あら、さすが現王様。おもてなししてくれるの?」
「あぁ。たっぷりとな」

 華奢な肩を抱き寄せて歩き出せば、腕の中の女はまた姦しくしゃべり出す。

 さて、どうしたものか。せっかく登りつめた王の座を取られてはたまらない。どうにか妃あたりで手を打ってもらえないか、長い交渉をせねばなるまい。

 まずはとっておきの酒と宝で機嫌でも取ることにしよう。退屈な地獄の日々が俄然おもしろくなってきた。

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