10月
「ん、金木犀」
香りはすれども姿は見えず。
どこからともなく届く甘い香りにきょろきょろと周りを見渡してみても、小さなオレンジ色が可愛い目当ての花の姿を見つけることはできない。
香りと共に思い出すのは、まだ今より幼かった私たちの淡い記憶。
中学の体育祭というのは一大告白イベントで、最終学年ともなるとそれはそれは大変な騒ぎになる。
幼馴染のゾロも例外ではなかった。
体育祭当日、見るからに肉体派なゾロの活躍は目覚ましかった。騎馬戦では相手陣営の約9割を1人で制覇し、リレーでは最下位手前からとんでもない追い上げを見せつけ、綱引きでの剛腕ぶりは誰よりも目立っていた。
何より、応援合戦における応援団長としての学ラン姿が受けたらしい。体育祭後の告白待ち女子が列をなしたのは、うちの中学では前代未聞だった。
金木犀香る正門前。帰りがけに呼び止められたのであろうゾロと、告白の順番を待つ各学年の女子たち。横目で見過ごしたのは、胸の痛みを誤魔化すため。あの中の誰かとゾロが付き合うなんてことがあったなら。想像するのも苦しくて、足早に門をくぐり抜ける。
『ナミっ』
聞きなれた声。近づいてくる足音に、騒ぐ心臓を抑えられない。振り向くことができずにいる私の右手をスッと取って、ゾロにしては珍しく張り上げた声で。
『帰るぞ』
少し前で手を引くゾロの耳はわずかに赤らんでいた。
「なんてこともあったわよね」
握った手のひらにギュッと力を込めてみれば、ふん、と鼻で笑いながら指を絡め直すゾロ。
「ありゃラッキーだったなぁ。めんどくせぇ行列蹴散らして好きな女手に入れる機会なんざそうそうねぇ」
愉快そうに話すゾロの横で、私の頬は熱くなる。
ようやく見つけた金木犀の木には、小さなオレンジ色の花々。香る秋を感じながら、隣を歩く大人顔のゾロを見つめながらゆっくりと歩く散歩道。
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