5月
無言で注いだグラスを一口。テーブルに戻したそれは、向かいに座る女の手に取られて小さく傾いた。
雨の夕暮れ。停泊中の船での楽しみは限られる。早めの晩酌を選択した俺たちは、軽いつまみと安い酒と、思い出に満たぬ過去の話を持ち寄りながら、気楽な時間を過ごしていた。一つの酒を一つのグラスで。これが今の俺たちのスタイルだ。
一つの酒を二つのグラスで楽しんでいた頃は、まだ互いに遠慮があったように思う。踏み込まないし、踏み込ませない、暗黙の距離感。船員の距離としては、まずまず適切であっただろう。適切な、他人の距離。
同じグラスで酒を飲むことに抵抗がなくなったのは、いつのことだっただろうか。
それだけに遠慮はなくなったし、その分打ち解け、関係は深くなった。
船員として、それが正解なのかはわからない。人として、それは悪いことではないと感じている。許し合い、受け入れる。時にそれは心地よく、時々痛みを伴う。悪くはないが、楽でもない。身体を重ねたのは酒の勢いだけではないが、それを借りなければそうなり得なかったことも確かで。当たり前になったこの飲み方に、苦味を覚えるのは、酒のせいだけではないだろう。
それでも。
目の前の女が楽しげに語るまだ日の浅い過去の話は、二人の時間の賑やかしとしてはちょうどよく、酒の肴にはもってこいな内容ばかりで。結局、こういう時間が、過ごし方が、俺たちを俺たちたらしめるのだと実感するのだった。
グラスに酒を注ぐと、瓶の中身は空になった。交互に手に取るグラスの酒は少しずつ減っていき、過ぎる時間がとろみを帯びてゆったりと流れていく。
窓を打つ雨だけが、二人で過ごす短い時間に寄り添って降り続く。
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