ごあいさつ話まとめ 2024.1〜6

ゾロナミ

3月

「驚いた。まだこの辺に住んでたんだ」
「戻ってきた」
「仕事?」
「ああ」
 同じものを、とウェイターに頼み、脱いだコートを預ける。席に着いてメニュー表を手に取り、文字列に走らせた視線をチラと向かいの男に向ける。
 不思議と懐かしさは感じなかった。別れてからもう随分経ったというのに、まるでつい数日前まで一緒に過ごしていたような気持ちになる。いつもの店、いつもの席、向き合った表情も変わらない。数年ぶりの再会、と呼ぶには感動がなさすぎる。元恋人に会うこと自体、そもそも感動するような出来事ではないけれど。
 間もなく運ばれてきたグラスを軽く合わせて、半分ほど流し込む。三寒四温の温を得た今日は、歩くだけでも汗ばむ陽気で喉が乾いていた。
「元気にしてた?」
「ああ。お前は?」
「美人に磨きがかかったくらい?」
「言ってろ」
 視線を落として苦笑いする表情も、あの頃と変わらない。顔で好きになったわけではなかったけれど、ふとした時のその整った顔の変化は、見ていて飽きなかったなと思う。
「あんたから連絡もらうとは思わなかった」
「ん、すげぇ迷った」
「送信ボタン、緊張した?」
「柄にもなく」
「あら可愛い」
 揶揄う私を軽くひと睨みして、テーブルに届いた食事に箸を伸ばす。大きな一口で口いっぱいに詰め込んでもくもくと食べる姿も、今なら微笑ましく思える。
「久しぶりに会いたくなった?」
「『まだ住んでるならメシでも』」
「文面まんまじゃない。一人ご飯寂しかったのねぇ」
「そういうんじゃねえけど」
 下心なく飲みに誘うということが、あり得るのがこの男だ。相変わらずのドライさに感心しつつ、ほんの少し、期待した私自身を苦く思った。
「一緒にご飯食べる人、いないの?」
「いたらナミを誘わねえ」
「そっか。誠実」
「お前こそ。俺の誘いを断る理由はねえの?」
「ない。仕事と美容と女子飲み三昧」
「充実してんな」
 ゾロの目が和らいで、お酒の残るグラスを干した。
「次どうする? 同じの?」
「うん、いや」
 差し出したメニューは返事とともに制されて、所在なくなった手をそっと自分のグラスに添えた。
「すげえ合うな。ちょっと参った」
 久しぶりに目の当たりにしたこの表情。指をこめかみに当てて目元を隠すのは、照れた時の仕草。こういう、私だけが知るゾロが愛おしくて、好きだった。
「お前がもっと酔ってから言おうと思ってたけど、やっぱ今言う」
「……なに?」
「そばにいてほしい。できればこの先、ずっと」
 真っ直ぐに私と向き合ってゾロが言った言葉は、付き合った時と同じセリフ。違うのは、付け加えられた”この先ずっと”。
「あんたね……そもそも間違ってるのよ。私がそう簡単に酔うわけないでしょ。言わないつもりだったの?」
 緩みそうになる頬を押さえながら、ゾロの目を見据える。
「もう、離れないで。一緒にいて」

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