2月
珍しいこともあるものだ。廊下にぽつぽつと続く抜け殻を、一つひとつ、拾い上げていく。
玄関に脱ぎ捨てられた靴から様子はおかしかった。左右バラバラに、それも片方は倒れたままで散らばったヒール。廊下を進みながらコートと一体になったジャケット、セーター、スカートにシャツ、で半開きのドア。
部屋の白い壁を煌々と照らす蛍光灯が眩しくて、明るすぎる光に顔をしかめた。こんな光に包まれた部屋の、光源の真下。ドン、と置かれた大きなソファに、薄い毛布が盛り上がっている。中にいるのは、猫のように身体を丸めて寝息を立てるオレンジ色。
「……おい」
小さく声をかけてみるけれど、寝息が乱れることはない。顔を覗き込むと、わずかに残るアルコールの匂い。
ここのところ、大きな仕事がまとまりそうだから、しばらく酒を絶っていると言っていた。一段落ついたのだろう。疲労困憊も頷ける。
「自分家に帰りゃいいのに」
根詰めて仕事に打ち込むナミの邪魔にはなりたくなくて、連絡は最低限、会う頻度も落としていた。撫でた髪の感触も、肌の柔らかさも、懐かしさすら感じてしまう。ちゃんと俺の元に戻ってきた気まぐれ猫に安堵しながら、そういえば、と思い立ち毛布を小さくめくってみる。
「ん、着てんのか」
「当たり前でしょ? 風邪ひいちゃうわよ」
「なんだ起きてたのか?」
「今ね。でももう寝るからベッド連れてって」
目を閉じたまま伸びてきた両腕は、俺に「運べ」と命令している。
「明日、覚えてろよ」
ひょい、と持ち上げた身体があまりに軽くて、ちゃんと食っているのかと心配になる。明日は休みだ。昼までゆっくり寝かせた後、美味いもんでも食いに行こう。
ベッドに下ろせば寝顔は静かに微笑んでいる。この休みはとことんこいつを甘やかそうと心に決めて、柔らかな髪をひと撫でした。
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