荷解きと部屋の掃除が済んだ頃にはとうに日が暮れていた。
ゾロは今朝、本当に九時ぴったりにやって来た。頭にバンダナまで巻いて。そのおかげで一人では時間がかかる力仕事は午前中で済み、今日一日で荒れていた室内はめでたく人の住む部屋へと変貌を遂げた。夕飯はお礼も兼ねて私の部屋でピザパーティー。料理を作る余力は残っていなかった。その代わり、たんまり買い込んだお酒とピザは私の奢り。次からはちゃんと割り勘だけど。
頼んだサラダとニ枚のピザと、うちにあった簡単なつまみのほとんどを平らげて、何となくつけているテレビを見るともなく見ながら、二人並んでお酒を飲むこの時間がとてもよく馴染んでいた。くだらない話をして、テレビから聞こえてくる声に同じところで笑ったりして。本当に、昨日初めて会ったとは思えないほど自然だと思った。
テレビがCMに変わると、ゾロがおもむろに立ち上がる。
「便所」
「はーい」
なにこの感じ。遠慮もなければ恥じらいもない。それに全く違和感を感じなくて、なんだか笑いが込み上げてくる。昨日付き合ったばっかりですけど。
「なに笑ってんだよ一人で」
トイレから戻ってきたゾロが鼻で笑いながら私の背後に腰を下ろして後ろから抱きしめる。あったかい。というかなんか。
「ねぇちょっと」
「なんだ」
「なんか当たってる」
「当ててんだよ。しょんべんすんの大変だったんだ。さっきからずっとおさまんねぇ」
そう言いながら私の首筋に顔を埋めて軽くキスを落とす。
「なぁナミ」
「ん?」
「してぇ」
直球。ゾロらしいけど。
「え〜」
「良いだろ風呂も入ったんだし」
「それはそうだけど。あんたゴム持ってる?」
「当たり前。昨日の夜買いに行った」
「わざわざ?」
「そうだよ悪りぃか」
「悪くはない」
「束のまま持ってきた」
もう、やる気満々。振り返ってその顔を見る。真顔。なにそれどういう気持ち?
「昨日からずっと我慢してんだマジで」
「そっかそっか」
思春期の男の子のような言い方が可愛くて、若草のような髪の毛をサワサワと撫でてみる。きちんと洗い流された清潔な髪は、柔らかな芝生のようだ。
「なぁ、ダメか?」
少し弱気な言葉と目に、思わずキュンとしてしまう。こういう時、強引に自分のペースに持っていくのかと思っていたから、私の気持ちが整うまではぐらかそうかと思っていたけれど。気持ちのままに誘っておいてこちらに委ねてくるなんて、そういうところも本当に。
「ゾロ、しよっか」
笑ってそう返事をすると、私を包み込む腕にきゅっと力が入った。
「ベッド狭いけどいい?」
「全然いい。ここでもいい」
「ここは嫌よ、床痛いじゃない」
りょーかい、と耳元で聞こえた直後、私の身体はふわりと宙に浮いていた。持ち上げられてる。抱っこだ。抱っこ?
「ちょ、ちょっと!」
「早くしてぇんだ」
「だからって!」
ドン、とゾロの胸を叩いたのと同時に、慣れたシーツの匂いに包まれる。
「もう着いた」
目の前には端正な男の顔。私に覆い被さるような体勢でベッドに上がったゾロは、私の頬に手を添えて優しく触れるキスをした。すぐ目の前に迫るゾロの瞳とバチンと視線がぶつかる。
「ナミ」
「ん?」
「これから、よろしく」
照れたようにボソリと呟くと、ゾロはあっという間に私の服も下着も剥ぎ取って、優しく丁寧に私を抱いた。野獣のような強い視線の奥に光る瞳はずっと私を捉えて、その熱と快楽に呑まれていく瞬間にゾロは私の名を呼んで、好きだ、と告げた。あたたかくて心地よくて、幸せな時間だった。
ふと目が覚めた明け方。隣には寝息を立てるゾロがいる。まだ閉じたままのまぶた。伸びたまつ毛の濃い緑色が綺麗だな、と思った。
「好きよ、ゾロ。私の方がゾロよりずっと」
小さく小さく言葉に出した。起きている時に告げるのはもっとずっと先でいい。これから二人でたくさん時間を重ねて恋を育てて、飽きるほど一緒にいるのだから。この先もずっと、そのとなりで。
終
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